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―ピエール=ジャンはドイツ軍の協力者であり、真の悪人ですよね。ああ。他の人間たちが意地悪というより馬鹿なのに比べて、インテリなクズだ。これに関しては素晴らしい俳優たちに脱帽するのみだ。彼らは愛敬もない難しい役に没頭してくれた。(ジャン=ポール・ルーヴ、ミシェル・ガルシア、ティッキー・オルガド、フィリップ・デュ・ジャヌランあるいはユベール・サン・マカリーなど)。どうしたら、あそこまで対独協力者になれるのか知りたいと思ったよ。総体的に、フランス人の大半は第一次世界大戦の頃から反ドイツ的な感情を持っていた。バティニョールも20年前には皆と同じように戦争に行っていた。彼の人生においては重要なことだ。それについてしょっちゅう話していたんだから。だが、ピエール=ジャンのような本物の対独協力者も存在した。ドイツ人に"浄化"の仕事をやらせて、"清潔な"国を再建させることを望んでいた。この映画は1942年が舞台だが、これは鍵となる年なんだ。一斉検挙があった年で、この検挙が民衆の反抗の火付け役になった。 ―戦争や、心ならずも英雄になってしまうことを語るためなら、あなたはバティニョールをレジスタンスの闘士とか爆弾仕掛人にすることも出来たでしょう。なぜ収容所送りになろうとしているユダヤ人の子供たちを助ける人間にすることに決めたのですか? なんの問題意識もなく、厄介ごとにはかかわりたくないと考えている男が、ドラマティックな事態に直面した時にどう行動するのかを、私は知りたかった。私は、彼が良い方向に進むことを選んだ。希望を与える映画を作りたかったからだ。これは実話ではないけれど、私の祖父にこういうことが起きればよかったと私が考える物語なんだ。あるいは、あの時代に私が生きていたとすれば、私に起きて欲しかった物語だ。彼は突然自分の卑劣さと向き合うことになる。それは少年シモンという形で現れるんだ。そして、彼は少年を助けることになる。彼はこの子を救うにはどうすればよいか考える。そして何より、どうやって自分を救うのかということも。つまり、どうやって、失われた尊厳を取り戻すか。 ―ただ子供を助けるだけの方がずっと簡単ですね……。当初、私は自分の役柄と大人のユダヤ人の物語にするつもりだった。2つの文化の対立と罪障感について描こうと考えていた。一種のGRANDE VADROUILLE(註:ルイ・ド・フュネス主演の仏コメディ映画)のユダヤ教対キリスト教版といった感じだ。共同脚本を書いたフィリップ・ロプ・キュルヴァル(これが4本目)と一緒にずいぶん深く掘り下げたよ。だが、見つけられなかった。映画は1カ月経ってもまるで形にならなかった。大人の役を子供に変えてみるまでは。そうなると強さがずいぶん増した。この最初の障害を突破すると、それから書き上げるまでは早かった。ほとんど乱暴なくらいの勢いだった。フィリップは得難い協力者だよ。私たちの仕事の進め方はいつも同じだ。話すんだ。私が大体のシーンを思い描くと、フィリップがテーマを頭へつめこんでから、彼が自分のところへ帰ってシナリオを生み出す。そのあとで、私は彼と一緒に絶えず手直しをするというわけだ。執筆作業は、音声ミキシングが終わるまで続くんだ。何しろ、シナリオは生きものだからね。シモンと2人の少女に演じさせながら、どうやってこんな子供たちを家畜用貨車に乗せて強制収容所へ連れていき、やがてはガス室に送るなんてことができたのだろうと、ずっと考え続けていた。想像もつかないことだと思った。どうやったら、あんなひどいことが出来たんだ? 本当に真相を知ること出来なかったんだろうか? この映画を通して私がずっと問いかけているのはこのことなんだ。私たちは知ることは出来なかった。でも、それについて推測することは出来たはずだ。知らずにいることは皆にとって都合が良かったんだ。これが女中部屋のシーンの意味なんだ。バティニョールがあの小僧に「大人は大きな石を、子供は小さな石を砕くために強制収容所に連れていかれた」と話すシーンだ。子供の視線をちょっとでも見れば、自分の答えの馬鹿馬鹿しさに気づかされる。 |
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2002年度作品/フランス映画/上映時間:103分/カラー/シネマスコープ/ドルビーSRD 後援:フランス大使館文化部/提供:ニューセレクト/協力:JTB/OZOC/NEWS DELI/TEAM OF BEAT*EN/配給:アルバトロス・フィルム |
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