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―最初、バティニョールは『老人と子供』(クロード・ベリ監督)で、最後は『パリの灯は遠く』でした。ユダヤ人と間違えられた彼は、しまいに被害者たちに全面的に感情移入するあまり、彼が責任を負わされる人物と同化してしまうのです。感情移入! 好意的な一体化だ……。それこそ私がずっと長い間探していた言葉だよ。警察のシーンには相当奇妙なリークがある。バティニョールは理解するためにユダヤ人になりすます。それは私が世間を理解しようと他人になりすますのと全く同じだ。最良の歴史分析ではないかもしれないが、これが私のやり方だ。自分が監督する映画に出演することの理由でもある。ユダヤ人でなく、共産主義者でなく、レジスタンス派でもなかったなら、大して危険はなかった。フランスは休戦協定に署名していたからね。もし私ジェラール・ジュニョが俳優だったなら、演じ続けていられただろう。だが、そうしただろうか? バティニョールの行動で美しいのは、彼は別に子供たちを助けたり、一緒に旅立つ義務はなかったということだ。映画の中で彼は"何てこった。俺の身にこんなことが起きるなんて。どうやってこれを振り払おうか」と思い続けている。それでも彼はやり続ける。まるで、行動をしなければならない状況に自分をわざと追い込んでいくみたいだ。私にとっての勇気の定義はたぶんこれなんだ。それが危険を伴うものならば、義務という状況に身を置かなければならない。 ―資料探しはどのように進めたのですか? ずいぶん前からこの時代に興味を持っていたので、すでにかなりのリサーチをしていたことになる。フィリップ・ロプ・キュルヴァルと一緒にたくさんの資料を読んだね。歴史書もだが、小説も読んだ。膨大な資料を調査した。当時撮られた映像を見たり、それから何といっても、たくさんの写真(なるべく人々に知られていないもの)を集めた。これは私のアシスタントであるエルヴェ・リュエのアイディアなんだ。彼はこの時代に夢中なんでね。私たちは資料のことを「靴箱」と呼んでいた。聖書のようでもあり、1942年の参考書とでもいうようなものだった。誰もが記憶している映画などフィクション映像から影響を受けないようにするためのものだ。私は根源に戻りたかったんだ。美術のジャン=ルイ・ポヴェダ、衣裳のマルティーヌ・ラパン、撮影のジェラール・シモン(他にメーキャップ、ヘア、小道具などなどのスタッフ)と一緒にそういった資料を参考にした。エキストラを使った駅のシーン、野菜畑に姿を変えた広場、通りのドイツ人オーケストラ、祭りやカフェ、それから微笑みながら通り過ぎる2人の女性。彼女たちが微笑んでいたのは夏だったからさ。でも、その胸には黄色い星を縫いつけている。全て事実だ。私たちが勝手に作り上げたものなどひとつもない。セットはもちろん、どんな小さなことでも、出来る限り正確であろうと心がけた。ユダヤ人の財産を整理して並べた倉庫は本当に存在したんだ。モルトーでは戦争の頃から何一つ変わっていない素晴らしい駅を見つけた。そのうえ運良く、鉄道車両の収集家と知り合うことが出来て、1941年型の蒸気機関車を用意してくれた。普通なら簡単に見つかるものじゃないよ。映画の中では嘘をつくことだって出来る。だが、時代考証を含んだこの種の物語では、それは不可能だ。そこは気をつけなければならない。 ―教育的な映画を作ることで、より多くの、特に子供の観客に向けて作ることを考えましたか?私は一般大衆向きの作家映画が好きだ。私の考える成功した映画とは、あらゆる層の観客の心をつかむ作品のことだ。複雑な事柄をすっきりと語ることが出来る。単純化してしまうという意味ではない。学校に行っていて、生徒を惹きつける授業をするのは、必ずしも、いわゆる易しい科目の先生とは限らないということに気づいたかい? みんなの人気者の体育教師が感じの悪い音楽教師の影を薄くしたっていうような記憶があるだろう。話が複雑になればなるほど、雑物を取り除き、明快にし、面白がらせなければならないと私は思う。私は映画をやり、スペクタクルをやる。人生について、生彩あるスペクタクルについて笑わせることは重要だ。同時に感動させることもね。感動を家に持ち帰れば、そこから省察が生まれることもあると思う。私はベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』のアプローチが好きだ。笑いと感動で世界を描いている。 コメディ劇作家であるサッシャ・ギトリはこんなことを言っていた。新聞を読んで泣く人間はいない。そこにはひどい話や悲劇があふれ返っているというのに。しかし、その反対に、フィクションの登場人物を不憫に思い同情することはある。演じている内容とは全く何の関わりもない俳優が演じているのにも関わらず。これがこの俳優という仕事のパラドックスなんだ。フィクションが観客の関心をそぐとは思わない。フィクションは物事の角をとって、嫌な話を呑み込ませる。このテーマに関しては、大多数の人が嫌な思いを呑み込んだ。それが重要だと思う。私が『シンドラーのリスト』を見た時、学校から先生に引率されてきた子供たちと一緒になった。始めのうち、彼らはふざけてばかりだったが、そのうちスクリーンに釘付けになっていた。おそらく、このテーマに関して何らかの記事を読んでいた場合よりもずっと、夢中になっていた。彼らがすぐにパルク・デ・プランス(註:パリ16区にあるスタジアム)のスタンド席で、ナチ式の敬礼をするようになるとは思わない。それから、うまく運転するためにはバックミラーを見るのが重要であるのと同じで、かつて生きられた時代を理解するためには、過去を振り返ることが大切だ。映画を通してそれが出来るのは良いことだ。私は大きい歴史(histoire)のヴィジョンを得るために、小さな物語(histoire)を紡いだというわけだ。 |
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2002年度作品/フランス映画/上映時間:103分/カラー/シネマスコープ/ドルビーSRD 後援:フランス大使館文化部/提供:ニューセレクト/協力:JTB/OZOC/NEWS DELI/TEAM OF BEAT*EN/配給:アルバトロス・フィルム |
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