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―演出の腕は変化してきたと感じていますか? この映画はより丸みを帯び、うまくいった。そう思いたいね。私は、観客に見えてしまうトラベリングは失敗だと考える側の人間だ……。"ノウハウと知らせること"という永遠の問題については言いたいことはたくさんある。だが、歴史映画を作るチャンスもあったんだ。これほどの再現をするためには、全てがコントロールされていなければならない。衣裳、セット、どんなに小さな道具も、一番遠くにいるエキストラにも、奥の奥の方に置かれている車にも、だ。昔のレンズの重さのせいで、一旦は諦めてしまったスコープ・サイズにまた戻っただけに、総括的に、絶え間なく芸術面の監督を行うことが重要になったわけだ。だが、フォルムはネオ・クラシックのままだ。私は、この仕事を好きにさせてくれた映画の伝統を引き継いだんだ。ベッケル、クルーゾー、デュヴィヴィエ、メルヴィルの映画がこの仕事を好きにならせてくれた。これはまだ現役の映画で、そんなに古びてはいない。私のちょっとした個人的なスタイル、それを私は常にもっと掘り下げようとしているのだが、それは、笑いと涙、おふざけと感動といったように、ジャンルを混ぜることだ。私は真実の中に物事を置くようにしている。そして、緊張感ある場面に滑稽な要素をあしらいながら、物事に1つの意味を与える。これはだいぶ前から続けていて、自分でもこだわりがある部分だ。 ―子供たちがとてもリアルです。特にシモンが。甘やかされていて、やり切れない子供です。あなたは子供に押しつけられがちな天使のような愛らしさを避けましたね。 シモンとバティニョールの間には階級の関係がある。子供の方はブルジョワの息子で、父親は医者だ。金持ちの子というほどではないにしろ、少なくとも甘やかされた子供だ。シモンが犠牲者だからといって、あの子を天使のようには描きたくなかった。あの子は時にとても魅力的だが、バティニョールの人生を駄目にするんだ。バティニョールには学がなく、一方ガキは教養あるインテリだから、その役割はしょっちゅう逆転する。バティニョールがいろいろ学んでいく子供になり、子供の方が大人の役割をする。物語を少し複雑にするために、さらに2人の少女を登場させた。1人の子供を追い払いたいと思っているところにまた別の2人がやって来る。映画の後半のドゥーブ県の奥での物語では、子供が大人の真似をし始めると、戦争が近くなってきたことがはっきりとしてくる。気まぐれ、嫉妬、そして子供っぽさが、この映画の最もドラマティックな瞬間に行き着く。子供はいつだって人間の父親なんだ……。あまり楽天的な寓意ではないね。それは認めるよ。―子供と映画を撮るのは好きですか? 子供と一緒の映画はたくさんやった。指導の仕方は様々だが、彼らは一発で理解する。何よりもいい俳優であること、そして勘が重要だ。子供たちは演じることが出来るか出来ないか、そのどちらかだ。シモンを演じたジュール・シトリュックのことはずっと前から目をつけていた。あの子はプロだよ。驚くほど自然な演技をする。いきいきとした瞳がぜひ欲しかった。彼は知性の塊だ。私は彼の耳と目に磨きをかけただけだ。大抵の子供は、いい子役でさえも、聞くということを知らない(大人であっても、俳優を選ぶ時の基準は同じだ)。女の子たちはオーディションで発見した。マルタン役の子には、ドゥーブ県で偶然出会った。あの子はサインをもらいにやって来て、それからオーディションをしてくれと頼んできた。素晴らしい演技を見せたので、雇ったんだ。私はパリッ子のチビどもを連れ出して牛を見せてやり、牛糞の中を転がらせた。あれはおかしかった。子供たちといると俳優という仕事の楽しさを再発見する。つまり遊ぶってことだ。あの子たちを演出するのは大きな幸せだった。もちろん、この映画を作ることもね。 ―それでは大人の俳優たちは? あなたは特に脇役に気を配っていました。 彼らの多くは私の知人たちだ。共演したり、一緒に映画を撮ったことがある。脇役を重視したのは、私自身が脇役俳優だったからさ。それに、登場人物全てが、どんなに小さな役に到るまで、この映画を肉づけしてくれるんだ。これは明白なことだ。音楽では全ての音符が重要だ。こういう分野では何事もおろそかにしない。そして私は、自分が納得できるまで、テイクを重ねる(コダックは私に感謝してくれてもいいはずだ)。満足がいくまでは、ポスト・シンクロ作業の最中でも、いろいろと継ぎはぎしながら手を加えることもあるんだ。 ―当初、あなたはこの映画のタイトルを"On ne pouvait pas savoir...(誰も知ることは出来なかった)"と名付けていました。 そのタイトルは人に覚えてもらえにくいし、それに危険でもあった。つまり、まるでお説教を垂れているような感じで、これは全く私の望むところではない。私は物事を一般化しない。私はある男の運命を物語りたい。省略符号(註:「……」のこと)は非常に重要なもので、これが削除されるような危険を冒すわけにいかなかった。削除されたら、文章の意味が全く変わってしまうわけだから。バティニョール、これは登場人物の名前だ。これは彼が自分の尊厳を取り戻す物語だ。ティッキー・オルガドの台詞を真似て、私はこう言おう。 "ムッシュー"バティニョール……このタイトルがぜひ必要だったんだ。 |
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2002年度作品/フランス映画/上映時間:103分/カラー/シネマスコープ/ドルビーSRD 後援:フランス大使館文化部/提供:ニューセレクト/協力:JTB/OZOC/NEWS DELI/TEAM OF BEAT*EN/配給:アルバトロス・フィルム |
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