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イントロダクション

ドイツのヒトラーとソ連のスターリンの密約によって、ポーランドは1939年9月1日ドイツに、9月17日ソ連に侵略された。そしてソ連の捕虜になった約15,000人のポーランド将校が、1940年を境に行方不明になった。当初は謎とされていたが、1943年春、ドイツがソ連に侵攻した際に、カティンでポーランド将校の数千人の遺体を発見し、「カティンの森」事件が明らかになった。ドイツはソ連の仕業としたが、ソ連は否定し、ドイツによる犯罪とした。戦後、ソ連の衛星国となったポーランドでは、カティンについて語ることは厳しく禁じられていた。

映画は、実際に遺された日記や手紙をもとに、「カティンの森」事件の真実を、ソ連軍に捕らえられた将校たちの姿と、彼らの帰還を待つ家族たちの姿をとおして描く。[アンジェイ大尉とアンナ] 捕らわれたアンジェイと行方を探していたアンナは再会を果たす。しかし逃亡を潔しとしないアンジェイは、他の将校たちとソ連の軍用列車で東へ連行される。一方アンナは苦労してクラクフのアンジェイの両親のもとに戻るが、大学教授の義父はドイツに逮捕され、収容所で病死する...。

[大将とその妻ルジャ] クリスマス。捕虜となった将軍の妻は、夫の不在による孤独をかみしめている。無事の帰還を望んでいたが、1943 年、ドイツが発表したカティンの犠牲者リストに夫の名があった。ドイツは、ソ連の虐殺行為を非難するプロパガンダの文書に署名するように説得するが、ルジャは拒否する...。 [ピョトル中尉とアグニェシュカ] ワルシャワ蜂起に参加したアグニェシュカは、戦後、カティンで発見された兄ピョトルのロザリオを受け取る。彼女は兄の墓碑をつくり、そこに「1940 年カティンに死す」と記した。彼女は反ソ宣伝の罪で逮捕され...。
[イェジ] 捕虜生活のなかで、イェジはアンジェイに自分の名前が入ったセーターを貸す。そのためにアンジェイの死がイェジと間違えられていた。生き残って戦後、親ソ ポーランド軍将校となった彼は、ソ連側の公式見解を繰り返す。しかし大将の妻ルジャに裏切り者と糾弾され、耐えられずに自殺してしまう...。
[タデウシュ] 父親を虐殺されたアンナの甥タデウシュは、レジスタンス活動をしていた。戦後、美術学校入学の手続きに行った帰り、ソ連を受け入れられない彼は、秘密警察を挑発し、警察の車にひき殺されてしまう...。

捕虜となったポーランド将校たちの、国家への忠誠と、家族への愛の狭間での引き裂かれるような想い。戦火の下、ひとすじの希望をたよりに、耐え忍び、生きる家族たちの不安。幾重にも語られる人々の運命は、戦争に翻弄されるなかで、交錯し、交わり合う。そして悲劇は戦後も終わることなく、ソ連の影響下、社会主義国家となったポーランドは、長い歳月、「カティンの森」 事件について国民に沈黙を強い、その真実に触れようとする者たちを厳しく処罰した。本作のラストシーンには、無念の思いで亡くなった多くのポーランド人とその遺族の万感の思いがこめられている。

映画『カティンの森 』は、2008 年アメリカ・アカデミー賞外国語映画賞の最終ノミネート作品に選ばれた。同年、ドイツのベルリン国際映画祭にて特別上映され、メルケル首相も出席し盛大に行われた。一方、ロシアでは 2008 年サンクトペテルブルグ国際映画祭でクロージング上映されたものの、未だに商業公開の予定はない。

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  • 監督・脚本:アンジェイ・ワイダ 出演:マヤ・オスタシェフスカ アルトゥル・ジミイェフスキ 原題:KATYN/2007年/ポーランド映画/122分/ドルビーSRD/シネスコ/ポーランド語・ドイツ語・ロシア語/字幕翻訳:久山宏一 原作:アンジェイ・ムラルチク「カティンの森」集英社文庫 後援:駐日ポーランド共和国大使館 /「日本ポーランド国交樹立90周年」認定事業 提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム アルバトロス・フィルム
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