1954年、中国福建省生まれ。両親は医者で、四川省の成都で働いていたが、12歳まで福建省の祖父のもとで育てられる。1971年から1974年まで、下放政策により四川省の西康の山岳地帯で再教育を受ける。解放の後、高校に戻り、1976年まで在学。毛沢東の死後、中国の大学で美術史を学び、1984年に中国の給費学生としてフランスに渡り、パリ大学に留学し、美術史を専攻する。ここでジャン・ルーシュ、エリック・ロメールに出会う。その後IDHEC(パリ映画高等学院)に入学し、数本の短編を中国で撮る。そして、初の長編作品『中国、わがいたみ』は1989年カンヌ映画祭監督週間に正式出品され、フランスの新人監督の登竜門であるジャン・ヴィゴ賞を受賞し、ロカルノ映画祭では特別表彰、フィレンツェ映画祭でも審査員特別賞を受賞した。ほかの長編作品に“Tang, Le Onzieme”(タン、11番目の子)と“Le Mangeur de Lune”(月を食べる人)がある。『小さな中国のお針子』は自ら書いた初小説、「バルザックと小さな中国のお針子」の映画化である。自伝的要素が盛り込まれたこの小説は、フランスでは名門ガリマール社から出版された(日本では早川書房刊)。2000年の冬、フランスでは約40万部のベストセラーを記録。また、多くの賞を受賞し、世界30ヶ国で翻訳された。中国ではいまだ出版されていない。次回作は“Les Filles du Botaniste”(植物学者の娘たち)と題され、『小さな中国のお針子』のプロデューサー、リズ・ファヨル製作で、二人の女性の愛情を細やかに描いた作品。撮影は2002年末、ヴェトナムで予定されている。


1984年 “Le Temple de la Montagne”
16ミリ、27分の短編。85年にヴェネチア映画祭に出品し、新人監督奨励賞を受賞。86年ロッテルダム映画祭にも出品。
1989年  『中国、わがいたみ』(兼脚本)
1994年 “Le Mangeur de Lune” (兼脚本)
1998年 “Tang, Le Onzieme”(兼脚本)
2002年 『小さな中国のお針子』(兼原作/脚本)