
海の奥底には
たくさんの種が落ちていて、
その種を太陽のところまで運び、新しい花を咲かせることが彼女の仕事でした。
その日は
大変な嵐の次の日で、
海の中は
たくさんの 見慣れないもので溢れていました。
その日
彼女は海の底に、
月によく似た静かな何かが、魚のわずかな命に繋がれて、
きらきらと 芽吹いているのを見つけました。
それは、まるで月の花のようでした。
彼女は 夜のうちに、
その月の花を海の上に運ぶことを決めました。
どうしても 空の近くに運ばなければいけない という不思議な気持ちが押し寄せて、
いつの間にか 真夜中の海を ゆらゆらと 昇ってゆきました。
たくさんの、見慣れない、
はかないものや、愚かなものや、淋しいものに出会いました。
たくさんの、眠れない、眠らないものに出会いました。
ほんのわずかの、安らかなものたちは、
優しい子守唄のさやに包まれて、
月の花の光を受けるとより一層に きらきらと輝いていました。
真夜中の海の中を、
ゆらゆらと ゆらめきながら昇ってゆくうちに、
月の花は、どんどんと どんどんと ふくらんでいきました。
厚く堅く見えたその丸い表面は、
今ではまるで シャボン玉のように 薄く はかなく見えました。
いつの間にか、
深い群青色の夜の海は、
きらきらとした月の花をぼやかすような
柔らかな薄桃色の光で包まれるようになりました。
朝日でした。
彼女は強い力に惹き付けられ、
一息に 海の上へと昇りました。
月の花は、朝日の光でまぶしく輝いたかと思うと、
瞬く間に、舞い上がり、
静かに
きらきらとしたしぶきをあげ、
はじけ、
そして消えてしまいました。
彼女の前には、
花を無くした茎の緑と、悲しい魚の亡骸と、
きらきらとした 花の種だけが
ありました。
朝日は、
鮮やかに 昇っていました。
彼女は、
その茎と 魚の亡骸と 残された 花の種を
太陽の 一番近くに埋めました。
そしてまた、
彼女は 海の底へと 潜っていくのでした。
お わ り
(C) Naoko Haginoya

