映画「フリーソロ」公式サイト » STORY

身体を支えるロープや安全装置を一切使わずに山や絶壁を登るフリーソロ・クライミングの若きスーパースター、アレックス・オノルドには、途方もなく壮大な夢があった。それはカリフォルニア州中央部のヨセミテ国立公園にそびえる巨岩エル・キャピタンに挑むこと。この世界屈指の危険な断崖絶壁をフリーソロで登りきった者は、かつてひとりもいない。「いつ死ぬかわからないのは皆同じ。登ることで“生”を実感できる」と言い放つアレックスは、その前人未踏の偉業を成し遂げるための準備に取りかかる。

―2016年、春

 伝説的な絶壁エル・キャピタンには、あらゆるクライマーが怖じ気づくほどの難所がいくつもあった。アレックスはフリーライダーと呼ばれる約975メートルのルートを攻略するには“正確な地図”が必要だと考え、憧れの存在であるベテランのプロクライマー、トミー・コールドウェルとともに現地でのトレーニングを開始する。実際にそのルートを登ってみると何が起こるのか。どのポイントが最も恐ろしいのか。その具体的なイメージを掴むため、ロープを使って登攀を試みるアレックスだったが、途中で「足を痛めた。パンパンに張って、手も痛い」と手強い感触を打ち明ける。

 プロクライマーとして成功を収めた後も家を持たず、移動手段でもある愛車のバンで寝泊まりしているアレックスには、サンニ・マッカンドレスという恋人がいる。「一世一代の大きな挑戦を前にしたら、恋人よりそちらを優先させる」と考えるアレックスにとっても、明るい性格のサンニは「彼女は僕の人生を豊かにしてくれる」というかけがえのない存在だった。

―2016年、夏

 エル・キャピタンへの挑戦に備え、アレックスはモロッコのタギアでの練習に励んでいた。彼に同行するジミー・チンは『MERU/メルー』などの山岳ドキュメンタリーで知られる映像作家で、彼が率いる撮影チームは全員が熟練のクライマーだ。2009年からアレックスと交流を深めてきたジミーは、究極の夢に向かって突き進むこの友人の勇姿をカメラに収めようとしていた。

 ジミーが語る。「フリーソロの撮影には葛藤が付きものだ。ソロは非常に危険だし、撮ることでプレッシャーを与えてしまう。滑落の瞬間を捉えてしまうかもしれない。最悪のシナリオを想定し、葛藤を抱えながら撮影に臨まなければならないんだ」。

―2016年、秋

 エル・キャピタンに戻り、練習に明け暮れるアレックス。そんなある日、序盤の難所フリーブラストから9メートル下に滑落した彼は、足首に捻挫を負ってしまう。これがサンニと付き合い始めてから2度目のケガだった。

 常人には理解しがたい危険を冒し、完全なる達成感を追い求めるアレックスと、穏やかで幸福な生活を望むサンニは、お互いの考え方を尊重しているが、人生の価値観がまったく異なっている。ふたりをよく知るトミーは、「彼らの関係は本当に素晴らしい。しかし危険なフリーソロには、感情に“鎧”がいる。恋愛感情はその鎧に悪影響を及ぼす。両立はできない」と懸念を抱いていた。

 それでも入念に準備を重ねたアレックスは、いよいよエル・キャピタンでのフリーソロ実行を決意する。ジミー率いる撮影隊も細心の注意を払い、アレックスの邪魔にならないようカメラポジションを決定していく。ところが夜明け前に始まったそのフリーソロは、呆気なく中止された。以前滑落したフリーブラストに差しかかったところで、アレックスが突然引き返してしまったのだ。ケガの影響なのか、精神的な問題によるものか、それとも大勢の撮影クルーの存在が気になったのか、理由は判然としない。かくして偉業への挑戦は翌年に持ち越された。

―2017年、春

 極限の恐怖にも動じない平常心を手に入れるために、アレックスはエル・キャピタンへの再挑戦に向けて黙々とリハーサルを重ねていく。アレックス、ジミー、サンニは、撮影がフリーソロに及ぼす影響について率直に意見をぶつけ合う。「周囲に人がいるなら、さらなる準備と自信がいる。自分が万全なら平然としていられるはずだ」と語るアレックス。

 そして6月3日の早朝、アレックスはひとり無言でエル・キャピタンへと歩を進めていく。それは人類史上最大とも呼ばれる歴史的な挑戦の始まりだった……。